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プロフィール


柳井 よしと  Yoshito Yanai

ナチュラル&ピース心理カウンセリング
親子問題カウンセラー

〜親子の不幸の世代関連鎖としがらみを
             断切り自由になる〜





ごあいさつ
親子にまつわる悲惨な事件が起こるたびにメディアや世間は大きく取り上げます。
しかし、残念ながら現在の法律や国の体制では親子問題を根本解決することはできません。
むしろ親子のことに関しては介入がタブー視されている社会でもあるからです。
また、親子問題を恥だと感じる風潮もあわさり、排他的環境のなか誰にも助けを求められずに悩んでいる家庭は非常に多いのです。
それにも関わらず、積極的に介入できる機関がないために今この瞬間も多くの人が心を病んでいます。
様々な犯罪や事件の多くは育成歴や親子間に問題を抱えており、親子問題は日本の抱えるメンタルヘルス問題の根幹ともいえます。
出口の見えない苦しみから解放されるには一人の力では限界があります。
私自身も親子問題の悩み解消のため試行錯誤してきました。
親子の不幸の世代間連鎖やしがらみを断切るため、全力でサポートしていくことをお約束いたします。


得意分野
・家族療法
・来談者中心療法
・マインドフルネス心理療法
・認知行動療法
・対人関係療法
・意味中心療法(ロゴセラピー)
・フォーカシング
・暴露療法
・イメージ療法
・自律訓練法


経歴
高校から大学までアメリカで過ごす。
帰国後、自動車業界で営業職等で活躍するも、心への強い興味から心理職を目指す。
不登校やひきこもりを対象として訪問カウンセラーとして勤めたのち、ナチュラル&ピース心理カウンセリングを開始。
「心の問題や性格の歪みは親子体験が関係している」ことに気づいてからは、心理カウンセリングや心理療法により、親子問題に悩む方々への援助や解決に専門的にあたる。
「心の安心が真の幸せである」ことを理念に活動中。
趣味:合気道、読書、旅行


資格
・社団法人日本産業カウンセラー協会認定
  産業カウンセラー
・特定非営利活動法人マインドフルネス総合研究所認定
  マインドフルネス心理相談員


実績
・師友塾ハートケアフレンドセンター 訪問カウンセラー (不登校) 
・トカネット 訪問メンタルサポーター ・ 家族サポーター (ひきこもり・不登校)
・株式会社マキア 専属心理カウンセラー ・ セミナー講師 (EAP)
・葛飾区地域包括支援センター高砂 セミナー講師
・江東区塩浜福祉会館 セミナー講師 
・江東区千田福祉会館 セミナー講師 
・江東区東陽福祉会館 セミナー講師 
・特別養護老人ホームらん花園 セミナー講師
・社会福祉法人あそか会 あそか園 セミナー講師
・公共職業安定所 職業相談員


経緯 〜これまでの私〜長文ですが、私のことをもっと知りたい方はお読みください

車が大好きだった幼少期
幼少のころは自動車大好き少年で、スーパーカーに憧れ、ミニカーは山のように持っていました。
そしていつしか夢はF1レーサーになっていました。
しかし、その想いはなかなか伝えられずにいました。
なぜなら、私の家は普通のサラリーマン家庭でしたのでレース活動ができるような余裕がなかったこと、親はレーサーは危険で仕事にするなどありえないという考えを持っていることを分かっていました。
しかし、中学になってもその夢は諦めきれず、とうとうそのことを打ち明けましたが案の定大反対。理解を得ることができませんでした。

夢を否定されて不安定に
ここはひとつ大きな挫折となりました。
学校、食事、寝床、生活すべてを親に頼って生きている自分。
1人ででも行動を起こせない自分。
親に分かってもらえない自分。
本当に自分の無力さを感じました。
反対されたからといって簡単に夢を諦めることなどもできるはずがなく、それに変わるような興味や希望もありませんでした。
私の心は不安定な状態でした。そのためか、心理系の書籍などを読みあさり、自分なりに精神のバランスをとっていました。

言われるがままアメリカ留学
親の勧めもあり、高校からは単身アメリカへ留学しました(親はこれで夢を諦めるだろうと考えていたようです)。
私は行く気などなく友達と地元の高校に行きたかったのですが、親に16歳から車の免許が取れると聞き、これはまだレーサーへのチャンスがあるかもしれないとひそかに思いました。
そんななか、アメリカの高校生活が始まりました。
早速、免許を取りたいと学校に相談しました。すると18歳までは保護者が免許取得には必要だと発覚。
ここでまたも私の思惑は打ち砕かれました。

いじめにあった高校生活
中学では英語は不得意教科でしたので、授業が英語とはありえない環境です。
それでも四苦八苦しながらなんとか授業についていきました。
学校は寮生活でした。
留学に来ている日本人、中国人、韓国人、その他の州から来ているアメリカ人などが多くいました。
そこで私はいじめにあいました。
今思えば私も幼く、親が「日本人となんかと話しをしないで英語だけで生活しなさい」と言われたことを守っていたため日本人からは嫌われてしまい、無視されたり、変わった人扱いされていました。

高校を卒業できない!
それでも高校生活後半は自分で関係を調整しながら友達もできて楽しく過ごせるようになりました。
授業も順調に消化していたのですが、卒業するには簡単な論文(作文)テストに合格しないといけませんでした。
それなのにこれに受からない。
学校の授業はすべて取り終えたのにこのテストに受からないため、卒業証書がもらえない。
しかたなく1年間語学学校に通いながらテストを受けてやっと合格。

車から離れられない
そのまま進学、、とはいかず、いったん日本に引き上げました。
それはアメリカでは移動手段として自動車が自転車感覚で必要なのですが、その費用は自分でためなさいと親に言われました。
相変わらず自動車大好き少年には変わりがなかったので、短大で自動車整備を専攻にすることにしました。
ここでもあわよくばレーサーへの道が開けるかもしれないと思っていました。
そう、とてもあきらめの悪い少年、いや青年でした。
授業では、メカの勉強をして実際にエンジンを作ったりしました。充実して楽しい生活を送っていましたが、勉強をしているうちに4年生大学への編入を考えるようになりました。
それには親も賛成してくれました。

大学卒業のため編入したが。。
4年生大学への編入にはTOEFLという英語の試験で500点以上が条件でした。
しかし、この手の試験はもっぱら苦手であり、やはりなかなか点数が取れません。そしてぎりぎり503点取れて編入。

この頃に目指したのは産業デザイナー。
ようは自動車(カー)デザイナーになりたいと考えました。
この職業は妥協の意味もありました。
自動車に関われて、高収入を見込め、華やかで、尊敬されるというイメージがありました。
美術は得意でしたので自信はあったのですが、アート系の授業にはとてもお金がかかります。
私立のカーデザイン学科で有名な学校があったのですが、そこも年400〜500万円の学費・教材費がかかるとのこと。
これは現実的に無理だと途中で断念。
その後、心理系の学科を考えてみたものの、英語力が及ばずこれも断念。

何とか頑張る大学生
最終的にレクリエーション&レジャーを専攻していました。
ツアーリズム、イベント企画、アウトドア、福祉の分野を勉強していきました。
人を楽しませることを勉強するのですが、実際にイベントを企画したり、無人島で1週間生活したり、特別な経験もしました。
また、授業の一環として半年間のインターンが義務づけられており、ロサンゼルス・メンタルヘルスセンターで障害者の人たちをケアしながら触れあったり、高齢者のデイサービスでの助をしたり、いろいろと貴重な経験をさせていただきました。
このときに、このような仕事も素敵でいいなと感じていました。

日本に帰国したはよいものの
アメリカで小さな日系の広告代理店での営業職を1年ほど経験して帰国。
日本では自動車業界を中心に、社会人経験を積んでいきました。
好きな自動車にも関わることができていたので、それなりの充実感はありました。
しかし、自分が30歳になったとき、自分の人生、本当にこのままで良いのか?
私が生きている目的とはどういうことだろう?という想いが強くなっていました。

人生の見つめなおした分岐点
F1レーサーの夢が叶わない年齢となり多少の諦め感も出てきたなか、次なる目標が無いように感じていました。
「このままでは自分は駄目になる!」と自己洞察を深めていると、中学で夢を反対されてから「心理」や「生きる意義」のようなものに漠然と興味を持ち続けて、自分なりに探求している自分に気づきました。
何のために今の自分は存在しているのか?人はどのように生きるべきなのか?そんなことを絶えず考えている自分。
心への興味。

答えなどでるはずもないのですが、逆にもっと探求していきたい気持ちになりました。
同時に、これまでの経験を活かせて仕事としてやりがいを感じ続けられる職業は何か?
と問うたとき、常に心に関心があったので、心を扱う仕事をしたいと強く思いました。
結果、行き着いたのは心理カウンセラーでした。

心理カウンセラーに相談してみて
その頃、数人の心理カウンセラーに相談をしていました。
しかし、残念ながら私の心が晴れることはなく、逆に心理カウンセリングとはこのレベルなのか?
と疑問を持ちました。
私の思っているイメージや効果とは大きなギャップがありました。
その時に想ったことは「それなら自分自身がその理想のカウンセラーになればいいじゃないか。」ということでした。

無駄な人生など無い
私は多少ですが人とは違う経験を積んできたように思います。
自分の生き方にも私なりに真剣に取り組んできました。
日米でこれまで20以上の職種を経験して、アルバイト、契約、派遣、日雇い、正社員、夜勤、登録、自営など様々な条件や形態で働いてきました。

カウンセラーへの第一歩は資格取得
2007年に産業カウンセラーの資格取得、心理カウンセラーとなるための活動を開始しました。
むろん、コネなし、経験なし、金なしでは心理カウンセラーなどできるはずもありません。
それでも、少しでも相談業務に関われるような仕事を選びながら業界をシフトしていきました。

ひきこもり・不登校と向き合って
ありがたいことに、不登校・ひきこもりを対象にした非常勤の訪問カウンセラーとして本人とその家族への支援を行う機会をもらいました。
また、小さなメンタルヘルス会社でも営業兼カウンセラーとしても働きました。
2009年にはナチュラル&ピースを立ち上げました。
数年前からはキャリアカウンセラーの仕事も行っています。

親子問題に絞る
勉強を続けながら、幅広くいろいろな方と面談を行なってきましたが、近年は親子の悩みを主に取扱っています。
それは、家族に関する相談経験が圧倒的に多いこと。
また私自身、結婚して子どもができ、これから楽しい生活が待ち受けているかと思っていた矢先に親子問題が勃発したことが大きな要因でした。
問題はすんなり解決せず長期化し親子問題の解決の難しさを身を持って体験しました。

親子問題に関わって感じたことは、誰も解決してくれないということ。
行政も警察も弁護士も根本解決まで介入はしてくれません。
一番身近な悩みであり問題が解決できないもどかしさ、怒り、憤りを抱えながら右往左往しなければいけない辛さは家族問題を抱えていない家庭からは想像もできないでしょう。

精神的に追い込まれ、自分が自分でなくなっていくような気がします。
自暴自棄になりかねない状態のなか、冷静に問題を対処していかなければいけないことは苦痛以外なにものでもありません。

心理カウンセリングはまさにこのような状態の人に必要なものなのです。

そして何より、カウンセリングの経験を重ねて悟ったことは「すべての心の問題や人格形成の歪みは親子関係が起因している」ということでした。
親子の悩みからくるトラウマは深刻です。
アダルトチルドレンと呼ばれる機能不全家族で育った人たちはうまく社会に適応できずに生きづらさを感じています。
社会では親子間への介入はタブーとされています。
それゆえに、問題は長期間解決されません。
長くその影響を受ければ受けるほど人格も歪んでいきます。

近年、虐待やひきこもりなどには多少関心が高まっていますが、親子間のトラブルについては国はほとんど関与・支援できていません。
家族の問題は家族間で解決するというのが現代社会の通念で、親子に関する法整備は最も遅れている分野です。

あるデータによると日本の家庭の80%が機能不全家族だそうです。
ケースとしては親が子を支配するケースが最も多いようです。
昔のスポコンアニメのように、頑固親父がスパルタ式に鍛えてNO1になるというストーリーは日本では美談(肯定的)です。
しかし、大リーガーのイチロー選手やレスリングの吉田選手のようになれるのはほんの一握り。
親に人生を支配された、自律を阻害されたと親子間に大きなしこりとなって苦しんでいる人は多いのです。
それはトラウマとなり一生苦しむことになります。

親子の不幸の世代関連を断切り自由になるカウンセリング
虐待をするような親もまた過去のトラウマを抱えている場合が多く、そのまま親となってしまうと無意識のうちに親と同じことを子にしていたりします。
親から子へと伝染していくこの負のスパイラルを絶つことの支援機関はまだまだ少なく、支援を受けることへの抵抗感が非常に強いのも今の日本の現状です。

夫婦間がうまくいっていなかったり、依存症(嗜癖)のある家庭、そのなかで発生する身体的、精神的な虐待に関しても、その当人たち(ほぼ親)に罪の意識がなかったり、支援の必要性を感じていなかったり、拒否したりするため非常に気を使うデリケートな問題です。

親子問に潜む悩みは根深く、今の日本の抱える巨大な問題です。
にもかかわらず、親子に関わる問題解決機関も少ない。
そこへ一石を投じたいと考えました。
今この瞬間も親子の悩みを抱えて苦しんでいる。
そのような方々が心の問題、強いては親や子の問題から解放されて自立した営みが送れるための支援は急務だからです。

あなたは一人じゃない
心理カウンセリングは相談者からお話しをお聴きします。
でも、お話しをお聴きするだけでは不公平。
私のこれまでの半生も知っていただくことで、相談者が少しでも話しやすくなればと思っています。

順風満帆、エリートコースとは縁遠く、紆余曲折な人生ですが、逆に社会で辛く、社会にもなじめない人の気持ちはわかるつもりです。

私のことを信頼して一歩踏み出したのなら、あなたの為に全力で援助いたします。
あなたと同じ目線に立ち、同じ方向を向いて。率直に気持ちを出し合いながら。

私はあなたが変わり、幸せを感じるまで支援し続けます。

ナチュラル&ピースと名づけた理由はすべての人たちが「心穏やかに自然体で生きる」ことができる社会を作りたいと思っているからです。
心は誰かに支配されるものではなく、自分が管理していくものです。

どんな些細なことでもかまいません。気になっていることがあるなら、まずは気楽にお問い合わせください。
皆様からのご連絡ご相談を心よりお待ちしております。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。


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